最高裁判所第二小法廷 昭和37年(オ)909号 判決 1965年7月09日
上告人
荒川義信
代理人
金井和夫
被上告人
大野市
右代表者市長
森広治兵衛
右補助参加人
大野農業協同組合
右代表者理事
永見守一
代理人
大橋茹
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人金井和夫の上告理由第一点について。
論旨は、同一債権につき仮差押と差押ならびに取立命令とが競合する場合において、第三債務者が取立命令を有する差押債権者に対してした弁済が仮差押債権者に対抗しうるかどうかの点につき、原判決には民法四八一条一項の解釈適用を誤つた違法があるという。
思うに、債権仮差押と差押とが競合する場合において、当該債権につき取立命令を得た差押債権者は、執行裁判所の授権に基づく一種の取立機関そして、競合する右仮差押債権者その他配当に与かるべき者全員のために第三債務者から取立をなすべきものであるから、右取立命令に応じて第三債務者のなす弁済は、当然に右仮差押債権者を含む全員に対してもその効力を有し、当該債権は右弁済によりその目的を達して消滅するものと解すべきである。そして、民法四八一条は、右のように第三債務者が当該債権につき取立命令を得た差押債権者に対して弁済する場合に適用されるものではない。仮差押債権者としては、債務名義を得たうえ、債権仮差押の有していた配当要求の効力に基づき、右取立金から自己の配当額の交付を受けるか、さもなければ取立債権者に対して自己の配当額に相当する金額の交付を求めるべきものであつて、もはや第三債務者に対して当該債権の弁済を求めることは許されないところといわなければならない。
ところで、原審の認定によれば、上告人は訴外高村常也の被上告人に対して有する本件工事金債権につき仮差押命令を得てその執行をしたところ、その後右工事金債権については、被上告人補助参加人が差押ならびに取立命令を得たうえ、被上告人から全額の弁済を受けてその取立届を了したが、上告人はさらにその後において右債権の一部につき差押ならびに転付命令を得たというのである。右事実によれば、本件工事金債権は、取立債権者たる被上告人補助参加人への弁済によつて消滅しているのであるから、上告人がその後に得た本件転付命令はその効力を生ずるに由なく、上告人が本件転付命令に基づいて被上告人に対し民法四八一条一項の規定による弁済を求め得ないことが明らかである。
従つて、原審が上告人の得た本件転付命令を有効と判断した点は違法であるが、原審は結局右転付命令に基づく本訴請求を棄却しているのであるから、結論において正当というべく、論旨は、ひつきよう、理由なきに帰する。
同第二点について。
原判決の所論判示は、被上告人が上告人に対し民法四八一条一項の規定による弁済の責を負うべきものと仮定した上で、いわば傍論として記載したにすぎないものであるから、この点に関し原判決に違法がある旨の論旨は、採用するに足りない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官山田作之助の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
裁判官山田作之助の反対意見は次のとおりである。
一、民法四八一条一項は、「支払ノ差止ヲ受ケタル第三債務者カ自己の債権者ニ弁済ヲ為シタルトキハ差押債権者ハ其受ケタル損害ノ限度ニ於テ更ニ弁済ヲ為スヘキ旨ヲ第三債務者ニ請求スルコトヲ得」と規定しており、債権の仮差押のあつたときは、その債権の債務者は右にいわゆる支払の差止めを受けたる第三債務者に該当するものであることは、遠く明治四四年五月四日言渡大審院民事聯合部判決(民録一七輯二五六頁)の確定しているところであり、また、前示法条に自己の債権者に支払を為したるときとあるのは、第三債務者が直接その債権者に弁済した場合は勿論、債権者の権利を行なうもの(例えば、本件の如き、その債権につき債権差押取立命令を得た者等)に対して弁済を為した場合をも含み、その弁済はさきになされている仮差押債権者には対抗し得ざるものなることは、昭和一五年五月二一日言渡大審院第二民事部判決(民集一九巻八七八頁参照)の示すところであり、爾来数十年既に判例法ともいうべき程になつているものである。この点に関し、別段社会事情の変更ありといえない今日において、今更前示判例を変更する必要を認めない(ことに半世紀以上に亘つて実務の指針となつてきた執行手続に関する判例であり、法律生活の安定の上からも、その変更は避けるべきである。)。
二、多数意見によれば、取立命令を得た差押債権者は、執行裁判所の授権に基づく一種の取立機関として、競合する仮差押債権者その他の配当にあづかるべき者全員のため第三債務者から取立をなすべきものであるから、右取立命令に応じて第三債務者のなす弁済は仮差押債権者等全員に対する関係においても債権消滅の効果を生ずるというのである。
しかし、債権取立命令を得る債権者は、特段の事情のない限り、自己の債権の回収のため差押債権の取立命令を得ているのであつて、その差し押えた債権に先行の仮差押がありや、差押が競合しているや等の事実については総べて不知の関係に立ち、他人のためにも債権の取立をなすものであるとの意思などは少しも持たないのである。従つて、同人が国家機関の如き立場にあり同人のなす取立は他人のためにもなされつつある取立と解することは、取立債権者の思わざることを擬制するものであり、かつ、同人に不当の負担を課するものというべきである。
取立債権者が取り立てた金額を供託した場合には、競合差押債権者等の間で配当手続が行なわれるということから見れば、取立債権者は、あたかも執行裁判所の授権に基づき一種の取立機関の如き働きをしたことになるが、これはあくまで、取立債権者と他の競合差押債権者等との関係において結果的にいえることであつて、その故に、取立債権者に取立機関としての責務が課せられているといわねばならない理はない。また、取立債権者とても、自己の債権額以上に取り立てることはできず、取立権の放棄も許されていること(民訴法六一二条)に鑑みれば、競合差押債権者等のために取立機関としての職責を課せられたものとは解し難く、支払の差止を受けている第三債務者の取立債権者に対する支払に競合差押債権者等に対する免責の効果まで与えねばならぬ必要も実定法上の根拠も見当らない。
取立債権者が取立をなしたことを執行裁判所に届け出るべき規定(同法六〇八条)は、必ずしも差押競合の場合を前提とするものではなく、配当要求を許す時期を画するためのものと解せられ(同法六二〇条)、差押債権者が取立を怠る場合に配当要求をした債権者の催告を認める規定(同法六二四条)も、その規定文言自体の意義以上に多数意見の論拠とはなし得ないものと考える。
元来、債権について差押が競合した場合、第三債務者は民訴法六二一条一項により供託する権利を有し、これにより供託すれば総べての債権者に対する責任を免かれるものであつて、何等損害を受けるものではない。それを、ある一人の差押債権者にのみ債務の支払をなすが如きは、一応その債権者との通謀による弁済であると推定される余地なしとしない、当然二重支払の危険を予測しまたは予測すべき事情の下でなされた弁済であるといい得るから、これにより総べての差押債権者等に対し免責を得られるとすることは、他の差押債権者等の不利益において第三債務者を不当に有利に取り扱うものといわねばならず、ひつきよう制度が考えない解釈をなすものというのほかない。従来の判例は、正に右の点を考慮したものと解せられる。
三、しかるに、原判決は、従来の判例がとつた正当な立場と異なる見解の下に審理判断している結果、請求の原因についての釈明を尽さず、損害に関する主張立証等についても審理不尽の点があるから、結局破棄を免れず、本件はこれを原審に差し戻すを相当とする。(奥野健一 山田作之助 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外)